たくさんのお客様より、タイの洪水に関するご心配いただき、ありがとうございました。
10月よりの大洪水で、当社の協力工場もかなり被害を受けましたが、12月末をもって、殆どの工場で稼働が可能な状態となりました。が、完全に従来の生産体制に戻るには時間がかかると思われます。ご協力をお願いします。
2012年1月5日
書籍、調査データの販売を開始しました。第一回目の販売書籍は、調査・編集 (株)工業調査研究所より発行されました「アジア二輪車産業2011・タイ編」です。 タイでの金属加工業、応援します!日本の金属加工業者が抱える問題、そしてタイがアジアのリーダーとなる金属加工業に挑戦しています 2008年10月からの世界的な景気低迷により、また、日本が抱えるコスト高から、日本の金属加工業には将来がないように見られています。一方、中国そしてインド等の大国がアジアの中で金属加工のコスト競争を激化させています。これから日本の金属加工業、そしてタイの金属加工業がどの方向に向かうべきか、我々は挑戦をしています。 |
2011年 東日本大震災より始まった日本とタイの関係
2008年からのリーマンショックによる影響、そして円高と日本にはまだ全盛期の景気が戻る前だったが..
3月11日の東日本大震災で、東北地方の企業、工場に大きな被害が出た。また、福島の原発事故によって操業が出来ない企業、工場が増え、日本の製造業は今後どうなるのかと思われた。しかし、その影響は、単に日本国内だけでなく、タイにも及んだ。特に自動車産業では、現在ほとんどの部品がタイで生産されているとは言われているものの、その中枢部の部品や特殊な原材料が日本製であったりで、その供給が閉ざされる事により、タイでの自動車生産をストップしなければならない状態となった。
これは、タイの経済にも影響を及ぼす。自動車産業の工場では操業が短縮されたり、稼働が出来ない事から、残業手当を含めた労働者の給与が減らされ、通常、タイでは12月に支給される賞与を待って退職をする労働者が普通だが、この時は、それを待たず、いや、持ちこたえられず退職する者が増えた。
そして、10月にバンコクの大洪水
50年に一度という大洪水がバンコク近郊を襲った..
2011年7月の選挙によって、8月にはタイで初めての女性首相が誕生した。これまで続いた、政治的混乱は予想通り、タクシン派最大野党の「タイ貢献党」がタクシン元首相の妹、インラック氏を首相候補とし、タイ労働者の最低賃金の引き上げを約束し、圧勝した。
タイ国内での政治に関しては、クーデター、暴動、選挙と繰り返されていて、あまり脅かされる事は少なくなり、また、今回の首相は女性と言うこともあり、案外うまく行くのではないかと予想された。
しかし、10月から始まり、バンコクの中心部に迫った大洪水がその新政府を脅かした。日系企業を中心にアユタヤ地域を中心に、各工業団地は大被害を被った。新政府の洪水に対する対策、洪水の処理、市民、企業への対応の未熟さが露呈し、同時に経済の影響も懸念されるようになった。タイの製造業は、日本の震災の影響が完全になくなる前に、また被害を被る事になった。
日本の震災、そしてタイの洪水で感じた事
日本の震災はタイでも大々的に放映され、またタイの洪水も日本では大々的に放映、報道された。同じ年に大災害を両方の国が被った事で、お互い、「助け合い」、「絆」を感じた人が多いのも事実だと思う。が、その原因には、お互いが「かわいそう」、「たいへん(危険)」という気持ちからそのような感情が高まったのではないかと思う。実際にその現場を知っている人であれば、例えば、日本に来た事のあるタイ人は、決して東日本大震災と原発事故で日本が危険な国になったわけではなく、そしてバンコク近郊を、あるいは過去のタイの洪水に関して知っている日本人であれば、今回のタイの洪水で、タイ全土が、あるいはバンコク全域が危険とは決して思わないはずである。では、どうして、それほど、過敏にまで判断する状況になったのか。
私は、インターネットが一般的になって、その情報の内容が一方的になったり、あるいは必要以上に表現している事、そしてそのリアルタイムな情報(インターネット)に押され気味のTV等の報道番組が、高視聴率を得る、また限られた時間での報道のために、結果、現地を知らない人たちにはかなり過激な情報となって受けとめられている事にあると思う。
11月は、例年、日本からの来客が多い。しかし、今年は10月頃から、キャンセルが続いた。洪水地域には関係ないお客さまからも「タイは危険だから」という返事である。私の方から「絶対に安全だ」とは言えないが、なぜ、そういう結論になるのか....
2012年は...

そんな中、 日本からある会社が11月15日にバンコクに来られた。総勢10名近い部隊である。2013年の現地法人、工場の設立を目標に、工場用地等の選定が目的であった。
「なぜ、この洪水の時期にいらっしゃったのですが」とお聞きすると、答えは簡単だった。「この大洪水でも洪水の被害の無い立地、そしてこの大洪水でも元気に仕事をしている活気のある協力工場を探しにきました」。
この会社にとっては、今回の洪水は、これらの選定にもってこいの状況のようだった。
後日、タイの大洪水で、多くの企業がタイから撤退するのではないかとも予測も起きたが、結果、工場地域の移動等はあったにしてもタイでの製造拠点を変更する企業は少なかった。もちろんこれはタイでの製造が日本企業に向いているという理由からだけではなく、タイでの製造には、かなりのサプライヤー企業まで進出していて、メーカーとサプライヤーが一体となって製造を行っていることの結果である。
中小企業のサプライヤーは簡単には移動できないこともあり、また、震災後の日本に課せられた円高による景気の悪化、そして欧州通貨危機を合わせ考えると、より一層タイへの進出は増えてくるのではないかと思われる。
2012年1月15日
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